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 〜 さくら日記 〜


2月20日朝、所轄署からの着信あり。

不在着信履歴を見た時、不思議と胸騒ぎがしました。

 

かけ直してみると、これまでお話したことのないH様が「夜間の巡回をず
っと続けています、という事でお電話差し上げただけです」と、やけに丁寧
な報告を下さいました。

不審に思い「何かあったんじゃないんですか?」と訊ねると「いやー…
…ちょっと待ってください」と暫く続く保留音…その後「実は(元飼い主)
さんの犬の引取り手の事でご相談したいんですが、そちらで飼っていただけ
るんですか?」と聞かれました。

 

 
「犬を殺して自分も死ぬ」とまで言った人が、何故突然…しかも警察を通じ
て引き渡すなんて、何事もない筈がありません。

 

 

『何かが起きている』
そう、直感しました。

 

 

「飼うというのではなく、引き取って里親を探すという形になると思うんで
すが…本人が手放す決意をされたんですか?私どもには絶対に渡さないと言
われてたのに、どういう経緯でそうなったんですか」

「詳しくはお話できないんですが、第三者からお電話を差し上げてもいいで
すか?」

「(元飼い主)さんの手を離れて、他の方が引き取っているんですね。その
方とお話を進めることを、ご本人は納得しているんですか?」

「はい。納得しています」

「では、勤務中ですので夜にお電話いただけるようお伝えください」

 

 

ほどなくして、『留置所担当官』という方から電話がありました。

「実は今朝方、自殺目的で家に火をつけましてね」

「えぇっ!?犬も一緒にですか!?

「犬は大丈夫です」

「(元飼い主)さんは大丈夫ですか?」

「(元飼い主)さんは、自分で首を切ってますね。でも大丈夫です」

 



これは、警察のパトロール中に発見されたのではありません。

死に切れなかった飼い主さん自らが、警察に通報したのです。



ただ、『命が助かったから良い』という問題ではありません。

未遂ではあっても、避けたかった事態です。

未然に防ぐことも、警察になら出来た筈なのに…。

 

 

「今晩か明日にでも、署まで犬を取りに来て欲しいんですが」

警察は『物』としか思っていないのか…

平日だったので夜にはなりましたが、終業後すぐにお迎えに走りました。

 

 

キャリーを抱えた私達に気づいた数名がまず発した言葉は

「あ、犬の人?」

急いで来て良かった、と感じた瞬間でした。

 

 

奥の通路を通ってガラガラと台車で運ばれてきた小さな段ボール箱。

ちょこんと覗いたおでこが印象的な、小柄な子でした。

「後ろ足が不自由みたいなんですが…」と心配されましたが、怪我している
ようだという話は飼い主さんからも聞いていたので、当然快諾。

もう、ここで長居する気はありませんでした。

 

食事も摂らず、ひたすら鳴き続けていたという『さくら』をキャリーに移し、
特に書類を書くこともなく、警察署からの引き取りは完了しました。

 

移動中の車内。

さくらは絶えず「うー…うー…」と細い声でないていました。

飼い主と離れて不安なのか、足が痛いのか…

 

「辛い」「哀しい」声をあげなくなったのは、

それから2日も経ってのことでした。